神経・筋疾患 摂食・嚥下障害とのおつきあい
〜患者とケアスタッフのために〜

湯浅龍彦、野崎園子 編著
全日本病院出版会
平成19年9月 初版
定価4,935円

刊行に寄せて

 「できることなら普通に、美味しいものを口から食べたい、食べさせたい」という思いは、神経・筋疾患の患者さんと、そこに関わる医療スタッフに共通のものである。
 長いこと筋ジストロフィー病棟で医療を担当したが、驚くことに患者さんのよく観るテレビ番組の第一位は、なんと「料理番組」だった。平成10年に35歳で亡くなった轟木敏秀君は、その著書「光彩」の中で、「繊維の多い食物を食べる場合、まとめて食べない。飲み込むときには少しずつバラバラにする。ピーナツなどのナッツ類、ヒジキなどのように喉にへばりつきやすいものは、極力食べないようにする。美味しそうに食べている人を、うらやましそうな顔でじっと見る」と書いている。多くの患者さんは轟木君と同様に、経口摂取ができないだけに、最後の言葉はアイロニーとはいえ、胸に突き刺さるものがある。
 日高和俊君は39歳の現在でも、わずかに残された指先の機能でコンピューターグラフィックを用いて素晴らしい花を描いているが、若い頃は立派な料理評論家だった。平成5年に出版した「花の贈りもの」の中で、「食べにくいホウレンソウの対策として、柔らかくゆでる。またはミキサーにかける。さらに裏ごしをしてゼリーや寒天に混ぜる。もしくは他の野菜と一緒にジュースにする(ちょっと飲みにくいので果物や蜂蜜を入れる)」と、微に入り細に入り一流のシェフ顔負けの懲りようである。
 また筋萎縮性側索硬化症の在宅医療を行なっていたとき、在宅での療養を長期にスムースに続けられるかどうかの鍵は、「嚥下障害と呼吸障害へ適切な対応」であることがわかった。
 さて今回、かねて尊敬している湯浅、野崎両先生が編集者になって、神経・筋疾患の摂食・嚥下障害と日々取り組んでいる実務家と共に、「患者、ケアスタッフのため」の本を著した。湯浅先生は自らが神経学の泰斗であるばかりでなく、若手研究者のまとめ役でもあり、また野崎先生はこの方面での第一人者である。いつも冷静で論理的な湯浅先生、粘り強く情熱的な野崎先生と、まことに絶妙の取り合わせである。
 この本を一読して判ることは、「患者とケアスタッフのために」という副題でも示されているように、執筆者一人一人が丁寧にわかりやすく、その目線で書いていることである。そして現場での長年の経験と苦労、さらに熱い思いが随所に感じられる。またどの章にも、臨床にすぐに役立つ情報と工夫が満載されており、挿入されている写真も適切でかつ鮮明である。
 もう少し早くこのような本が出版されていたら、あの食いしん坊の轟木君にも、「うらやましそうな顔で見るだけ」にさせずにすんだかも知れないと、一人苦笑することである。
 この本が、摂食・嚥下に悩む人やケアスタッフに活用され、多くの患者さんが明るい笑顔で、美味しい食事が食べられる日を取り戻されんことを期待してやまない。
平成19年盛夏
独立行政法人国立病院機構南九州病院 院長 福永秀敏

著書紹介: 嚥下とつきあう

 食は人生の楽しみである。しかし、神経・筋疾患の患者では、摂食・嚥下障害の為にこの楽しみが奪われることもある。また、実際にそれに気づかず、突然の窒息や誤嚥性肺炎で入院する患者もある。摂食・嚥下障害に対する医療は近年少しずつ認識されるようになり、国内においてもさまざまな学会や研究活動が行なわれている。神経・筋疾患に重点を置いて研究成果を発表する日本神経・筋疾患摂食・嚥下・栄養研究会も発足した。
 神経・筋疾患の摂食・嚥下障害については、「重度である」「進行する」「訓練の効果についてエビデンスが少ない」という思いから、医療側にもやや距離感があるというのが現実である。しかし、これらの疾患にこそ医療の手を差しのべなければならず、現場の医療スタッフは手探りの中から少しずつ経験を積み重ねてきた。
 本書では、摂食・嚥下障害医療に実際に携わり、この分野に造詣の深い諸先生方や、神経・筋疾患領域で働く医療スタッフの方に、基礎知識や疾患の特徴、ケアについて分かりやすく解説して頂いた。摂食・嚥下障害に悩んでいる神経・筋疾患の患者が、食卓を囲んだ家族団欒を取り戻せるようにという執筆者一同の願いが込められている。
 また、これから嚥下チーム医療を立ち上げようとされている医療機関や在宅ケアスタッフの方にも、ご参考になるのではないかと自負している。さらに、これから現場で活躍される医学生やメディカル部門の学生の方々が、神経・筋疾患における摂食・嚥下障害の基礎知識を得るきっかけになればと思っている。
 この本を手にして下さった読者には、摂食・嚥下障害対策と栄養管理という基礎なくしては、先進的な医療も効を奏しないというメッセージを送りたい。 
徳島病院 臨床研究部 野崎園子