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筋ジストロフィー患者さんでの排痰への肺内パーカッション換気療法(IPV)


国立精神・神経センター武蔵病院神経内科 7-2病棟スタッフ(文責: 大矢 寧)

 筋ジストロフィーの患者さんで呼吸筋力が低下してくると,痰が出しにくくなります.この場合に,排痰のためには,換気を良くすることと,痰を出やすいようにすることが必要になります.

パーカショネアとは
肺内パーカッションベンチレーター(IPV: パーカショネア(パーカショネア社))は,肺内パーカッション換気療法という,吸入を波動で行い,痰を出しやすくする治療のための医療機器です.ネブライザーを気道に振動を加えつつ,行うというものです.
吸気時に振動を加えるために,吸気量を増加させることで,換気も改善しうることになります.ただし,ふつうの人工呼吸器とは異なり,呼吸筋力の弱い患者さんの換気量は増やすのが目的ではなく,吸気量の設定は出来ません.
パーカショネアは,肺炎や,肺の一部がつぶれた状態である無気肺で,排痰の促進,気管支の閉塞部位の開放,つぶれた肺胞の回復などを期待して用いられています.

私たちの病棟で使い始めた経緯
 当院の川井 充 第二病棟部長が臨床検査部長の時に欧米に見学視察に行きました.その際に,ベルギーの筋ジストロフィーのSoudon先生の所で,電動車椅子の患者さんが日常的にIPVを使用している姿を見て,是非,日本でも使用してみたい,と思われたそうです.そして,日本にも代理店があることが分かりました.
 当初は,IPVは,電気で動くのではなく,圧縮空気ないし酸素で動く機種しかありませんでした(図1 ).試用させてもらうにも,圧縮空気の配管がある部屋でしか作動させることができませんでした.筋ジストロフィーの患者さんでは二酸化炭素がたまっていることが多いので,酸素投与によるパーカショネア使用は,二酸化炭素がさらにたまる危険もあり可能性が高く,難しいと考えました.残念ながら私たちの病棟は圧縮空気の配管がある部屋は限られているので,試用した少数の患者さんではIPVがどの程度有効なのかは,残念ながら余りわかりませんでした.
 その後,昨年,コンプレッサー付きの電動の機種が出来て,日本でも承認されました(図2 ).これを購入し,多くの患者さんで使ってみて,ようやくその有効性が実感された,という経緯です.使用経験は,「筋ジストロフィーのケアシステムとQOL向上に関する総合的研究」の平成14年度班会議で報告しました.

IPV(パーカッショネア)を使用する方法
 口にくわえて,吸入をするときに,単に水蒸気を吸い込むのではなく,吸入が波動で送られてきて,気道に振動が加わります.吸入のためには,蒸留水のみか,去痰薬入りの吸入液を用います.
 振動の周期や強さは,患者さんにも合わせて,変えられます.振動の周期は100〜240/分くらいになります.圧を変えないと,振動の頻度を上げると,強さは弱くなり,頻度を下げると,強くなります.(図3
 振動が発生する部分はファジトロンと呼ばれていますが,これに蒸留水もしくは吸入液を入れる容器,口にくわえるマウスピースなどの部品を接続して用います.

急に痰がからんで苦しくなった時の治療
 これまで,筋ジストロフィーの患者さんの排痰には,多くの施設で,いわゆるカフ・マシン(カフレーター,M I/E)が使用されてきました.これは,吸気に際して空気を送り,胸を膨らませて,呼気に際して陰圧をかけて,咳の勢いを強くしようとする装置です.私たちの病棟でもカフマシンは,いろいろと試みていました.
 しかし,私たちの経験では,カフマシンを使って,うまく痰が出せるようになるためには,ある程度の練習が必要であるということがあります.急に痰が絡むようになって,病院へいらっしゃっても,今までにカフマシンを使っていなかった患者さんでは,うまく痰を出すことは出来ないことが多いと思います.呼吸リハビリテーションを行っていずに,あらかじめ,練習をしていない患者さんでは,カフマシンで排痰するのは難しいことが多いということです.
 たとえば,実際,これまでに練習していませんでしたが,呼吸筋力低下の症状が出始めた,20歳代のデュシャンヌ型筋ジストロフィーの患者さんでは,風邪症状から痰がらみが生じました.まずカフマシンを使ってみたのですが,初めてで,苦しく,うまく息だめも出来ませんでした.カフマシンがうまく使えなくても,IPVの使用では,痰が出やすくなり,呼吸困難が改善しました.
吸入と,振動で,痰が出やすくなり,自然に痰がかなり上がって来たわけです.ただし,またしばらくすると,痰はからんできます.肺炎には抗生剤を点滴などで使いますが,排痰ができなければ治るのは難しいので,排痰がどうしても重要です.
他の病型の患者さんでも,たとえば,それまで呼吸訓練には乗らなかった,筋強直性ジストロフィーの患者さんでの嚥下性肺炎でも有効でした(図4 ).
また座位でも,仰臥位でも側臥位でも,体位交換せずに,使用可能です.
ただし,痰が非常に多く,吸引してもなかなか引ききれない時に使用しても,無気肺の改善はすぐには得られないことがありました.

胸郭の可動域の訓練が出来ていずに,胸郭が硬い患者さん
 デュシャンヌ型筋ジストロフィーの患者さんでは,側弯が生じれば尚更ですが,胸は硬くなりやすく,胸に空気を押し込みにくくなる(胸郭の可動性が減少していく)傾向があります.
 ある50歳代の肢帯型筋ジストロフィーの患者さんも,呼吸状態が次第に悪化して入院しましたが,胸郭は硬く,カフマシンでも,空気があまり入らず,そのため痰も出にくい状態でした.IPVでは痰が出てきました.(図5
 胸郭の硬い患者さんでは,どうしてもカフマシンがうまく使用できないことが多いと思いますが,その場合に,痰を出すのにIPVは有用でした.

肺炎で気管内挿管を受けている患者さん
 IPVは,人工呼吸器を使用中にも使えるという利点があります.回路の中に入れることで,従圧式の人工呼吸器でも従量式の人工呼吸器でも使用できます.
 鼻マスクで人工呼吸器を使用していた,あるデュシャンヌ型筋ジストロフィーの20歳代の患者さんで,肺炎が悪化して,意識状態も悪化し,やむなく気管内挿管を行いました.その後,挿管中でも,吸入や吸引などを行っても,痰が引ききれず,無気肺が生じて,呼吸状態が悪化したことが何度かありました.そのたびにIPVを使用したところ,使用後に呼吸状態を改善させることができました.

筋強直性ジストロフィーの患者さん
 私たちの病棟には,筋強直性ジストロフィーの患者さんが多数いらっしゃいます.
筋強直性ジストロフィーの患者さんは,肺活量の減り方はわずかであっても,痰が出しにくくなることが少なくありません.飲み込みにくい,むせやすい,という嚥下障害が生じやすい病気であり,ある程度,進行した患者さんでは,痰が慢性的に生じています.
痰がらみのある筋強直性ジストロフィーの患者さんにも,私たちの病棟では,まずカフマシンの使用を行いました.
筋強直性ジストロフィーでも,患者さんによっては,カフマシンでも痰が出やすくなりました.ある患者さんでは,排痰後は,声が良くなるのが自覚でき,毎年一度は肺炎を起こしていましたが,カフマシンを使って,排痰を促すように心がけるようにしてからは,肺炎を起こさずに済むようになりました.
しかし,カフマシンがうまく使えるようになったのは,筋強直性ジストロフィーの患者さんの中の一部の方だけでした.カフマシンは,「腹が張って気持ちが悪くなる」「あれは絶対だめ」と語っていた患者さんも少なくありませんでした.筋強直性ジストロフィーの患者さんでは,一般に喉から食道の筋肉も薄くなっていて,食道が拡張しています.そのために,肺のみならず,胃に空気が入りやすいために,腹部が張って,苦しくなると考えられました.
これらの患者さんにIPVを使用したところ,「スーとしてすごく気持ちがいい」「呼吸が楽になった」「ねばねばした痰がでる」という反応がみられました.
先天性筋強直性ジストロフィーの30歳代の男性患者さんは使用中,使用後に痰が良く出て,粘調痰が多量に吸引できました.「胸の辺がスッキリする.痰の固まりが出る.」「パーカッションをしてから食事をすると食事の味が良くわかるようになった.」とも述べました.
ある50歳代の男性患者さんは「痰が多く出るようになった.線香花火が散るように胸のあたりがスッキリする.」と述べました.
ある50歳代の女性患者さんは,肺活量が非常に低下していましたが,IPVでは「痰が自分の力で出た.これをすると良く出る.喉が痛くない,スッキリする.」と言いました.ただし,頬が膨らむばかりで,肺に吸気がうまく出来ないこともあり,IPVをいつもうまく使えるわけではありませんでした.

他に気道に振動を加える方法
 痰を出しやすくするために,吸気に気道に振動を加える方法には,IPVの他にもいくつかあります.
 また,呼気に振動を加える方法に,アカペラという呼吸訓練器(USAのDHD社,フジ・レスピロニクス扱い)などがあります.
 IPVは入院でしか使用できないことから(下記:注),急性期にはIPVを使用しても,急性期を脱した患者さんでは,主に,アカペラを使用して,練習していただきました.アカペラはどんな姿勢でも,どの向きでも呼気が続けば気道に振動を加えられますが,呼気流量が多くないと有効性が低いこと,また吸入はできないことなどの欠点はあります.
(注:この文章を雑誌に掲載した後,IPVもレンタルできるようになりました.ただし,健康保険の範囲内で在宅で使用できるのは,排痰のみが困難であるが,呼吸には問題がない患者さんで,通常の人工呼吸器を使用していない場合に限ります.呼吸のために人工呼吸器を使用している患者さんでは,IPVのレンタルには,2台目の人工呼吸器という扱いになるために,健康保険ではレンタルできずに,費用がかかります.)

IPVの安全性
 有害な事象や副作用は,私たちはまだ経験していません.
文献でも,大概は安全で有効であるものの,過去の報告で1例ですが,使い始めの最初の2回のIPV使用中に,1分未満で短時間だが,呼吸状態の悪化と不整脈が生じて,胸押し介助と吸引で改善したということを経験した患者さんの事例がUSAで報告されています.このときは,痰が動いたが,気管内で閉塞を起こしたようで,不整脈は心筋症との関連があったようです.なお3回目以降の使用では問題がなかったようです.痰が非常に粘々していて多いときは,IPVでも,IPV以外の排痰方法と同様に,このようなことが生じる可能性もあるので,肺炎でのIPVの使用開始には,よく観察して行い,注意したいと考えます.

IPVの問題点
 このIPVの最大の問題点は,輸入品であることなどから,残念ながら高価であることであり,IPVの装置本体やその部品の購入には,研究費などから相当額を当てざるを得ませんでした.価格の点では在宅ケアには一般的に普及するにはまだ遠いと言わざるをえないと思いますが,今後,普及していけば価格が安くなるのではないか,またレンタルでも使用できるようになるのではないかと期待しています(注:掲載後に,上述の注のようにレンタル可能になりました.).

IPVではできないこと:胸郭の可動性を高める訓練
 IPVは,振動を加えつつ吸入を行い,痰を出しやすくして,換気も軽度には改善させることができます.
 しかし,アンビューバッグやカフマシンのように胸郭の可動性を高める訓練は出来ません.痰が出しやすくなって,呼吸状態が落ち着いてきたところで,胸郭の可動性をなるべく高めるために訓練をしっかり行っていくことは一般的に必須であると考えます.

おわりに
 IPVは,気道に振動を加えつつ,吸入を行いますが,胸郭の動きが悪い,筋ジストロフィーの患者さんでも,排痰を促進するのに有用でした.とくに肺炎の急性期の患者さん,胸郭が硬い患者さん,食道・胃に空気が送り込まれやすい患者さんなどでの有用性が高いと考えています.

図1 : コンプレッサーなく,圧縮空気か酸素で動く,旧型のIPV(パーカショネア・ジャパン社のカタログから)
図2 : 電動のコンプレッサー付きのIPV
図3 : 中枢気道での圧波形(パーカショネアのカタログから)
図4 : 肺炎を起こした,筋強直性ジストロフィーの患者さんで使用している様子
図5 : 肢帯型筋ジストロフィーの患者さんで使用している様子

本稿は日本プランニングセンター発行の雑誌「難病と在宅ケア」2003年6月号 Vol 9. No 3. に掲載された同名の記事を,日本プランニングセンターならびに著者の御好意により公開するものです.